なぜ,筑波大学の先生と学生が
ロゲイニングをやるの?
筑波大学の実践型教育
取り組みのきっかけ
筑波大学は東京教育大学を母体とし,1973年に開学した国立の総合大学です.多くの皆さんがご存知のように,芸術や体育といった独自の学部を有するのがひとつの特徴です.
つくばR8ロゲイニングを主宰する教員と学生は,芸術学学位プログラム『環境デザイン領域』に所属しています.
2019年4月,私は環境デザイン領域の新しい教員として筑波大学に着任しました.着任早々,大学院修士過程の学生を対象にした演習授業を担当することになり,演習テーマを探していました.同じ領域の先生から「これを取り上げてみたら?」と,あるコンペを紹介され,一枚のチラシをもらいました.それが,つくば市役所が募集していた周辺市街地活性化コンペでした.
環境デザイン演習でのプラン検討
大学院修士課程の学生を対象とした少人数制の演習授業が始まりました.市役所から提供された基礎情報の分析や趣旨の読み取りからスタートし,活性化のアイデアを検討しはじめました.
当初,受講生からは様々なアイデアが出されましたが,ある週,一人の学生が『ロゲイニング』というワードを持ってきてくれました.私を含め殆どの学生が初めて耳にしたその言葉は,目新しさもあり議論が盛り上がりました.
様々な企画アイデアがだんだん絞られていき,ロゲイニングをテーマにしたプランで一本化することが決まっていきました.
実際にやってみて,面白さを確信する
知れば知るほど,ロゲイニングは ”良さそう” な題材であることが分かってきました.そして,受講生の学生達の特性も分かってきました.彼らは「思いをカタチにする」ことに長けており,アイデアがどんどん目に見えるものに仕上がっていきました.
コンペの応募前にロゲイニングのプレ実施を行いました.大学から近い大曽根を訪れ,実際にロゲイニングを試してみたのです.ゲームを終えてゴールに戻ってくる学生達の顔はニコニコキラキラしていました.この過程を通して確かな手応えを感じました.
募集チラシには「事前相談を受け付けます」という文言や,「採択プランは市のサポートを受けながら実際に実施してもらいます」という特徴が書いてありました.多くのコンペが採択プランの表彰で終わる中,実行が約束されている本コンペは大変価値あるものに映りました.
一方,着任したばかりでつくば市とのつながりもなく,地ならしもできていません.これまでの研究経験から,地域に入るには年月を掛けた信頼関係の構築が不可欠であることも重々分かっていました.自分の都合で地域を荒らすのには躊躇があったのも事実でした.
そこで,コンペに勝つことではなく,学生に地域活性化を考える機会を提供することを目的として,演習テーマとして「つくば市周辺市街地活性化」を設定することに決めました.
授業の成果がコンペで実る
コンペは第一次審査と第二次審査がありました.最終審査は公開プレゼンテーションが行われ,採択プランの一つに私たちのR8ロゲイニングが選ばれました.
審査過程を通じて,多くの参加者がコンペに応募していたことや既存の様々な地域活動の存在を知ることができました.それだけでも大きな収穫でした.
私たちのプランが採択された理由を考えると,地域の方々が求めていることを丹念に読み解き,それを叶えるための提案であるという姿勢を理解してもらえたことかなと感じています.
教員としては,採択された喜びよりも走ることが決まったプラン実行に対する責任の重さのほうをより大きく感じた記憶があります.
一方で,プラン企画のデザインやイラストの作成等に奔走した学生達の能力の高さを実感しました.彼らが,実践型教育に対応できる技術や能力を十分有していること,相手の立場に立った提案ができるものの見方を備えていること,それを証明できた事を嬉しく感じました.
相手の思いをカタチにする
「プランを考える」とか「提案を行う」というとき,つい自分の主張が中心になりがちです.自分がやりたいこと・自分が叶えたいこと・自分が輝くこと・自分が,自分が...という思考になってしまいます.勿論それが求められる場合もあります.その姿勢を否定はしません.
でも今回は『地域活性化』が目的です.いま考えているそのことは,地域が求めていることでしょうか?
地域の方々には叶えたいことがあり,決してノープランで丸投げしようなどとは思っていない,ということは事前配布資料から十分伝わってきました.その前向きな気持ちを推進できるようなプランを作りたい.そういう思いが根底にありました.
地域活性化ってなんだろう.
汲み取って,ヒョイとみせてあげる
コンペのプランを考える上で「市街地カルテ」の読み込みは重要でした.各地域にツテを持っていない私たちにとって,このカルテに書かれてあることがある意味では地域からのメッセージの全てでした.
各地域の思いを読み取っていく中で共通して目指している事があることが分かりました.それは「魅力の発見・発信」「イベント」「賑わい」「交流拠点」「まち歩き・マップづくり」をしたい,という願いでした.
私たちはそれを【地域を知り,それを明示し,地域に人を呼び,場を活用する】という一連の流れと解釈しました.
そして,その実現にとってロゲイニングは非常に有効な手段でした.
叶えたいことがある人々の思いを汲み取って,「それってこういうことですね?」と目に見えるカタチで提示する.地域の願いと学生達の学習成果が融合し,外へ向かって広がっていく.実践型教育における地域活性化は,そのように進んでいくのかなと考えています.
連携性・継続性・低予算・発展性
連携性:
プランの実行は地域活性化協議会との連携が全てです.もし地域がロゲイニングの実施を鬱陶しく感じれば,私たちは決して企画を強行することはありません.実施の時期や規模や内容も地域の希望に応じて変化させます.こだわりを持たないことがこだわりです.
また,協議会の事業計画とロゲイニング企画を組み合わせる事で相乗効果が生まれることを目指しています.そのため,ロゲイニングだけの単独企画は想定していません.
継続性:
多くの企画コンペやプランというものは一回きりの実施です.打ち上げ花火と揶揄されることもあります.しかし地域活性化は継続していかなければ本当の成果を得ることができません.ですがこれはとても難しいことです.また,誰かの頑張りに頼りつづけるのにも限界があることはよく知られた事実です.
無理なく継続できる仕組みを構築するのは,R8ロゲイニングにとっても大切な作業でした.大学の授業として位置づけることで,地域に対しては確実な継続を可能にし,大学にとっては学生への学びの場を提供することを可能にしました.
低予算:
コンペ採択プランとしてR8ロゲイニングにも50万円の活動資金が付与され,その年の企画実施に使用しました.余談ですが,その年の年度末の評価会で審査員の方が「市は安い買い物をしましたね」と評してくださったのを覚えています.お値段以上の成果を提供できたのだろうとポジティブに解釈しました.
また毎年,地域活性化協議会には年間50万円の活動資金が与えられます(2021年度現在).
つくば市は『自走するまちづくり』を目指しており,これは私たちの意向とも合致しています.地域活性化に限らず,活動を継続するには予算の確保は大切であるとともに,金銭的にも持続可能な運営が必要です.
つくばR8ロゲイニングを継続するため,現状では競争的資金の獲得により維持しています.今後のため,自走を想定した仕組みづくりとより低予算での実施を模索しています.
発展性:
ロゲイニング説明のページでも紹介したとおり,本来のロゲイニングは山・森林・高原など自然の中で行わる海外発祥のナビゲーションスポーツです.つくば市にはサイクリストや登山を楽しむ人々が訪れます.アクティブに週末を過ごしたい人々にとって,ロゲイニングは新しいアクティビティとして魅力的に映るのではないでしょうか.
また,海外では世界大会も開催されています.筑波山や小貝川・桜川を軸としてつくば市全体を会場にしたフィールドも可能かもしれません.
私たちのつくばR8ロゲイニングは様々な人々の協力を得ながら成長を続けていきます.
大学生にとっての「つくば市」
筑波大学はスーパーグローバル大学のトップ型指定校や指定国立学という特徴を持ち,世界最高水準の教育・研究を行う大学です.従って,そこで学ぶ学生達もそのレベルを求められます.
それと同時に,つくば市に暮らす市民・生活者でもあります.
下記の図は,私が担当するランドスケープデザイン論で行った筑波大学生のつくば市周辺市街地に対する認識の調査結果です.
大学生と地域.
この調査結果が出た時,その事実に驚きました.しかし,自分自身の学生時代を思い出してみるとこのような結果も不思議ではない気もしました.
何れにせよ,筑波大生の大半はつくばの周辺地域に行ったこともなければ地域の名前すら知らない,という事実が判明しました.これは,大学生にとっての「つくば市」が大学周辺とセンター地区や研究学園地区で完結していることを意味していました.認識していないのは存在しないのと同じです.
彼らはその認識のまま数年間を過ごし,卒業と同時につくば市を離れていきます.これは,市にとっても大学にとっても損失なのではないかと感じました.少なくとも,私の専門分野であるランドスケープ分野にとっては由々しき事態でした.
思いを行動に移し,カタチにした人々.その声を聴く
2019年の学部授業[ランドスケープデザイン論]では,【周辺市街地活性化に挑む産官民のリーダー達】と題したゲスト講師による全5回のリレー講演を実施しました.
講師を務めて下さったのは,つくば市役所周辺市街地振興室の皆さん,市役所の強力なパートナーとして活躍する街づくりコンサルの方,デザインの力で地域活性化に貢献するグラフィックデザイナー,地域活性化協議会をパワフルな魅力で牽引するリーダー,ユニークなアプローチで地域の核を担う珈琲店オーナーです.
様々な形でR8に関わる皆さんのお話は,学生達を大いに刺激しました.
質疑応答では,学生ならではのユニークな質問も出され,講師が戸惑う場面などもみられましたが,就職活動を経て社会に出ていく彼らにとって考えることも多くあったようです.
何に価値を置いてどう生きるか,学内では得られない学びが実践型教育にはあると感じます.
実践型教育の先に目指すもの
知らないなら知ればいい.行ってないなら行けばいい
上記のアンケート結果を鑑み,「学生を学外に出し,地域に触れさせる」「地域の歴史や生活を現場で感じさせる」「人々の暮らしや価値観が表出している姿 = ランドスケープ を自分の言葉で表現する」等を授業に反映させることにしました.
地域ごとに担当学生を定めることで,全体を薄く知るのではなく一つの地域と深く関わることを目指しました.学生達は自分の担当になった地域へ入り,地域の魅力を発見し,取材を行い,記事にして発信します.地域を歩き,地域の方々と触れ合う事で学生達は様々な学びを得ます.
その成果はwebによって人々に広がり,地域を知るきっかけを提供します.つまりこれは,学生に対する教育的効果とともに,学生による社会貢献の成果でもあるのです.
更には,地域の住民の方々には自分達の暮らしの魅力の再発見を促し,域外の方々はつくば市周辺市街地に関心を持つきっかけの創出になっていきます.
足元での行動.それが生き方を動かすかもしれない
実践型教育は大学に限らず様々な段階の教育現場で行われています.その内容に対する解釈も多様です.勿論,筑波大学の中にも様々な実践型教育が展開されています.
私は教育学の専門家ではないので詳しいことには言及できませんが,多様な手法や目的があって当然と思います.
私が目指す実践型教育は,教育のための教育では得ることが難しい益をそれに関わる全ての人が得ることです.つまり,学生・地域の方々・役所の方々・教員自身・将来の人々など,誰もがそれに関わった事で得るものがあり,かつ自分の行いが他者に利益を与えている.Winwin,三方良し,一粒で二度美味しい,という感じ.
学生にとっては単位を得るためだけの活動かもしれません.でもそれはそれで良いし,無理にそれ以上を求めることもしたくありません.たとえそうだとしても,学生がもたらした成果は地域活性化に貢献しているし,それで十分なのです.
確実なことは,地域に入った学生はそれまで知りもしなかった場所を今では知っていて,「ちょっと語れるくらいには詳しい人」になっています.そういう場所がつくば市内にあって,そこで起こっている活動が気になったりする.卒業してつくばを離れたあとも,その風景を思い出すことができる.
人々の暮らしと土地の履歴を知り,交流し,生活景を学び取る.多様な人々の価値観や行動に触れた経験は,その学生の将来に何か影響を与えるかもしれません.